ものではなく、物語を残す

~羽毛ふとんリフォーム論~

先日、『かみちゅ!』というアニメを観ました。2005年のアニメで少し古いのですが、私たち浦上ふとん店の近くにある、尾道が舞台になっていたので、興味をもったのです。

普通の中学生の女の子が、ある日突然「神様」になる物語です。

作品の中には、私たちが普段イメージするような神様だけでなく、実にいろいろな神様が登場します。

「そんなものにも神様がいるの?」

と思ってしまうようなものにまで、神様がいる。

「レコードの神様」「タイヤの神様」「紅茶キノコの神様」などなどです。

見ているうちに、昔から日本にある「八百万の神」という考え方を思い出しました。

山にも、川にも、木にも、石にも。

そして、長く使われてきた道具にも、何かが宿る。

そんな考え方です。

 

古いものに宿る「つくも神」

日本には「つくも神」という言葉があります。

長い年月を経た道具や物に、魂や神様のようなものが宿るという考え方です。

妖怪のように描かれることもあるので、少し怖いイメージを持つ人もいるかもしれません。

でも私は、つくも神という考え方を、必ずしも怖いものだとは思いません。

むしろ、

長く使ったものには、人の思いが積み重なっていく。

昔の人は、その感覚を「何かが宿る」と表現したのではないかと思い、なんとなくホッコリとしてしまいます。

新品の茶碗と、20年間毎日使っている茶碗。

物として見れば、どちらも同じ茶碗。

でも持ち主にとって、その意味はまったく違ってくる。

少し欠けていたり、模様が薄くなっているけど、なぜか捨てられない。

そこには、その茶碗でご飯を食べた何千回もの時間があるからです。

 

愛着とは、「もの」への気持ち?

長く使ったものに感じる愛着とは、いったい何なのかと思ってしまいます。

かっこいいとか、かわいいとか、高価だとかというのはあると思います。

でも、本当は少し違うのではないかと思ったりします。

ものと一緒に過ごした時間。

誰かからもらったときのこと。

家族と暮らしていた頃のこと。

うれしかったこと。

つらかったこと。

何気ない毎日のこと。

そういう記憶が少しずつ重なって、そのものが「ただの物」ではなくなっていく。

だから昔の人たちは、つくも神を生んだのではないでしょうか。

 

私たち自身も、少しずつ変わっている

考えてみれば、人間だって同じだと思います。

私たちの身体をつくっている細胞は、それぞれ違う周期で少しずつ入れ替わっているらしいです。昔の自分と今の自分では、細胞は全く入れ替わっています。

それでも私たちは、

「10年前の自分と、今の自分は別人だ」

とは普通は思いません。

変わりながらも、同じ自分として生きています。

羽毛ふとんも、同じです

少し強引ですが、*私たちは寝具店なので・・・。

長く使った羽毛ふとんをリフォームすると、いろいろなものが変わります。

側生地は新しくなります。

中の羽毛も一度取り出します。

傷んだ羽毛やホコリを取り除き、洗浄し、必要に応じて新しい羽毛を足して、もう一度新しい側生地に充填します。

そう考えると、

「そこまで変わったら、もう別のふとんなのでは?」

と思う人もいるかもしれません。

確かに、物質として見れば以前とまったく同じではありません。

でも、その羽毛ふとんには物語があります。

結婚したときに買ったふとん。

子どもが小さい頃、一緒に寝ていたふとん。

両親が買ってくれたふとん。

初めて自分のお給料で買ったふとん。

冬になるたび、何年も自分を暖めてくれたふとん。

そういう記憶まで、新しく入れ替わるわけではありません。

 

中身は変わっても、物語は残る

羽毛ふとんをリフォームすると、側生地は変わったり、中身の一部も変わるかもしれません。

でも、そのふとんと一緒に過ごしてきた時間は残ります。

それは、人間と少し似ているように思います。

私たちも少しずつ変わっていく。

それでも、これまで生きてきた時間や記憶がつながっているから、「自分」であり続ける。

羽毛ふとんも同じなのかもしれません。

すべてを昔のまま保存しておくことが、そのものを残すことではありません。

傷んだところは直す。

使えなくなった部分は交換する。

そして、また使える状態にする。

そうやって次の10年へつないでいく。

それもまた、ものを大切にする方法なのだと思います。

 

「捨てる」か「買い替える」だけではない

羽毛ふとんが古くなったとき、

「そろそろ捨てようかな」

「新しいものを買おうかな」

と考えるのは自然なことです。

もちろん、状態によっては買い替えたほうがよい場合もあります。

でも、もう一つ、

「仕立て直して、使い続ける」

という選択肢があります。

それは単に節約やリサイクルという話だけではありません。

長く一緒に過ごしてきたものとの関係を、もう一度つなぎ直すことでもあると思います。

昔の人が、長く使われたものに「何かが宿る」と考えたように。

私たちもまた、ものの中に、自分たちが過ごしてきた時間を見ているのかもしれません。

 

残したいのは、ものではなく、物語

羽毛ふとんのリフォームは、古いふとんを新品そっくりにすることではありません。

中身は変わる。

側生地も変わる。

形だって、少し変わるかもしれない。

それでも、そのふとんと過ごした時間までなくなるわけではありません。

むしろ、もう一度使える状態にすることで、その物語はこれからも続いていきます。

ものは、いつか変わります。

人も、変わります。

でも、そこに積み重なった時間は残っていく。

だから私は、長く使ったものを大切にするということは、物質をそのまま残すことではないのだと思います。

羽毛ふとんのリフォームとは、その物語を次の時間へつないでいくことなのかもしれません。